塩尻市の平出遺跡

朝日村の歴史民俗資料館

4月9日

歩絵夢から1時間30分程にある、国史跡の平出遺跡に来ました
縄文時代はこのあたりも八ヶ岳西麓一帯とのつながりがあったようで、
それ以後八ヶ岳は人が住まなくなったけれど、
古墳時代〜平安時代まで5000年もの間、この集落は続きました
平出博物館の前は歴史公園になっており、
真ん中に縄文の村、右側には古墳時代の有力者の住居、左側には平安時代の農村の風景を
再現していました 平安時代も竪穴式の住居に住んでいたんですね〜
それぞれの時代に住み分けしていたようです

博物館の内部の写真はありませんが、特徴的な文様がある平出土器や焼町式土器があり、
もちろん八ヶ岳の影響がある土器など交流の中心的な位置にある塩尻ならではの
土器があります また古墳時代の銅鐸や、大きなヒスイの勾玉や、奈良時代の瓦塔や、
平安時代の緑ゆう水瓶などなど歴史的な遺物がありました
学芸員の方の説明を、楽しく聞けました

平出から10キロほどの所にある、朝日村の歴史民俗資料館に行きました
縄文のものは、熊久保遺跡から発掘されたものを中心に展示されてます
地元の尖石考古館には見られない文様もあります
土器が逆さに展示されているのは、発掘した時の状態だと思います
これらは唐草文様が個性的〜
焼町式はふちに丸い輪っかが付いていて、上下に流れるような文様があり、
主に浅間山周辺や北信地方の特徴です
人面付というのは子供の顔を模しているのかと思っていましたが、
母親のもあるんですね〜
松本にある遺跡にも、似たようなトロフィー型土器を見ました
八ヶ岳西麓で、ある時期この埋甕(うめがめ)というのが流行したそうです
家の入口に土器を埋める、中身は亡くなった子供説やへそのお説や、
食料の貯蔵説などがあり、まだわからないそうです
この地域も東西南北の交流があったんですね〜
ますます縄文人の足跡をたどってみたくなりました